信濃町の夏はとても爽やかで過ごしやすい。
五月の連休明け頃から九月いっぱい頃の間が、一年中で一番過ごしやすい時期だ。標高六百メートルを超えるこの地は、冷涼な気候で客商売の家は別にして、一般家庭で冷房機を備えるところは殆ど無い。我が家でも冷房機は無い。現在、七月二十六日十四時00分だが、室内温度は摂氏二十六度。薄曇りではあるが時々日が射し蝉時雨(せみしぐれ)が木立一杯に満ちている。かすかに吹く風は爽やかで、何とも心地が良い。
標高三五〇メートルの長野市まで行くと連日最高気温が三十度を超し真夏日が続いているが、信濃町は標高六五〇メートル程で、夏の盛りでも最高気温が三十度を超える日は多くない。天気予報によると信濃町の今日の最高気温は二七度とのことだ。
我が家は木立に囲まれている。南側は築百年になる旧古間小学校の敷地内の植え込み。北側は「みどりの村」という別荘地の山林。東側は畑を隔てて私有林が広がっている。そして、西側は狭いながらも我が家の庭の植え込みがある。 私がここ信濃町に移住するに際して今の我が家を購入したのは、木立に囲まれているところが気に入ったからである。
さて、この家に住み着いてから二年程は、我が家の庭に「ムラサキシメジ」という食用キノコが自生していた。このキノコはとても美味なキノコで、茹でこぼして大根おろしと和えて醤油をかけて食べたら、山の味と風味が口中に広がった。勿論地酒の冷酒と共に。この時ほど「ああ!俺は田舎暮らしをしているんだ・・・」としみじみと感じたことは無い。実に幸せな気分であった。
ところが、
我が家の居間から東側に立ち枯れた松の木が見える。高さは二十メートル程か。
築百年になる旧古間小学校のちょうど裏手にあたり、旧古間小学校の裏庭と一段高い畑とが開けている真ん中に聳え立っている。
季節ごとにこの松の木に様々な野鳥が飛来し枝にとまる。大鷹、鳶(トビ)、四十雀(シジュウカラ)、ヤマガラ、カケス、鶫(ツグミ)、アオゲラ等。初夏から夏に掛けては大鷹が飛来し、じっと獲物を探している。そして、獲物がいたのか時々松の枝から地上に舞い降りて、暫くすると再び松の枝にとまっている。
ところが最近大鷹の姿が見えないと思ったら、鷹は九月下旬頃、一斉に南の方に渡って行くという。これを「鷹の渡り」といい、九月の本欄で報告した。
しかしである。鷹はまだいたのだ。
十月三十日(土)、「アフアンの森」見学会に参加した。当日は台風が接近し朝方は雨模様で肌寒いあいにくな天気であったが、十時頃には雨も上がり、老若男女合わせて二十名程の参加者と共に森林再生を目の当たりに堪能してきた。
アフアンの森は、英国生まれの作家であるC.W.ニコルが信濃町の黒姫山麓に森林を購入し手入れをしてきた森だ。
九月二五日(土)に黒姫童話館の近くで行われていた「鷹の渡り」の観察会に妻と共に参加した。 信濃町の自然を再発見しようという企画である。
私は今まで家の近くの鳥を観察し野鳥図鑑で調べる程度のことしかしておらず、この時期、鷹は南に向けて渡りをするということは全く知らなかった。 黒姫童話館の近くの広場は飯綱、黒姫、妙高、斑尾から三国山脈までも見渡せる三百六十度の眺望で、眼下に広がる田園には刈り取り間近の稲穂が黄金色に輝いていた。 山の木々に未だ紅葉の気配はなく青々としている。この日は台風が過ぎ去った後で、強い北風が吹いていたが日差しは温かく行楽日和であった。
立秋が過ぎて暦の上ではもう秋だと言うのに日本全国暑い日が続いている。私が住むここ信濃町は元来冷涼なところで、最高気温が三十度を超すことは殆ど無かったのだが、今年は気温三十度を越す日が幾日かあった。このような日は信濃町と言えどもさすがに真夏の暑さを感じる。六月と七月梅雨の期間の気温が低く、半袖一枚では肌寒い日があったことを思うと、気温の変わり様は極端ともいえる。
ところで、私は町から畑を借りて少しばかり家庭菜園をやっている。今年は五月の作物を植えつける時期に気温が低く、通常の野菜では育たないと思い、近所の人とも相談の上、ジャガイモと長ネギを多めに植えつけることにした。
私が住む信濃町は、人口が一万人に満たない小さな町だ。町の年間予算が約四十五億円というから、一般企業と比較しても中小企業の部類に入る。
そのため古くからこの町に住んでいる人は、町内どこに行っても顔見知りばかりだ。顔見知りになるのは住民同士ばかりではない。役場の職員、町会議員はては町長まで顔見知りとなる。町内でばったり役場の職員に会ったりすると「やあ、こんちわ。そういえば、あの件どうなったやぁ」「あ、あれね、あれは・・・・しといたから。またなんかあったら電話でもくんない。」というような会話が交わされる。
これは小さな町で、地域社会が狭いため、行政も身近であるが故の会話なのだ。行政の側も地域事情をよく把握している。「どこどこの誰々さんの家は、お年寄りが今まで一人で住んでいたが、去年の秋に亡くなって、今は空き家になっている筈だ。貸家にして良いか、また聞いてみるか。」というように。町の人口が一万人に満たないような小さな町だから、役場の職員とは顔見知りも多く、何かと便宜を図ってくれる。自分の意思も行政に反映しやすい。町民はどの職員が何を担当しているのか属人的に把握している。狭い社会であるが故の利便性なのだ。
田舎暮らしを希望する人が一番気になるのが、近所付き合いかもしれない。
つまり濃密といわれる田舎の人間関係だ。確かに都会に比べると人間関係は濃密である。道を歩いているとすれ違う人には近所の知り合いが多く、必ず「お早う」「今日は」等の挨拶し、そして「この前はご馳走様」とか「今度またお茶を飲みにおいでよ」と言葉を交わす。実際に近所の家でお茶をいただく機会も多い。
秋から冬にかけては野沢菜漬けが最高に旨い。
近頃、田舎暮らしを希望する人が増えているという。テレビ番組でも都会から田舎に移住し、田舎の生活を楽しんでいる人の生活振りを伝えている。テレビ番組を見ていると、田舎生活の良い面ばかりが強調されて、その裏側に潜む「負」の側面には余り触れていない。このようなテレビ番組を見て触発された人が、いきなり田舎暮らしを始めても、田舎の厳しい気候風土に耐えかねて、途中で逃げ出すことにもなりかねない。そこで、田舎暮らしの失敗を回避するために、一度、いや最低二度は体験生活をしてみることをお勧めする。世界網(インターネット)などで情報を集めるのも良いが、現実を肌で感じるには実際に生活してみるのが一番だからである。「生活」である以上、一日や二日では短すぎ、最低一週間、出来れば一ヶ月くらい滞在することをお勧めする。滞在期間が短すぎると、単なる観光旅行になってしまい、うわべだけをさらっと撫でるだけで終わり、田舎の本当の良さがわからない可能性がある。体験生活は、一度は最も良い季節、そして一度は最も厳しい季節をお勧めしたい。
